昭和41年03月04日 朝の御理解



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 先日小倉に参りましてあちらでお話を、まぁ頂いて参りました中に、現在教団の動向と言う事についてお話を頂いたんです。教務所長先生のお話でした、いわゆる今金光教の、いわゆる教団全体が、そのどう言う方向へ向かって信心を進めておるかと、その動きについてでございます。いろいろ皆さんはご承知じゃないでしょうけれども、大正(正しくは昭和)あれは、9年、10年でしたかね、当時金光教のお家騒動だというて、新聞なんかもにぎやした時代でございます。
 金光家邦と言う方が、その教団の色んな金言の一切を握っておられた、三代金光様お広前のご奉仕にはあってもでございますけれども、ご本家筋にあたる、その金光家邦家の方で一切の動きというものの鍵を握っておられたと言う時代がございます。そう言う様な事では、金光教の金光教たるものじゃないというので、一つのお取次ぎを中心にした所の、ものでなかなければならんと、言う運動が始まったんですね。
 それであの当時そのいわば、金光教のお家騒動だと言われた時代、ほらあの時自分の私共はまだ子供でしたけど、やっぱりそれを覚えとります、もう銘々がそれこそ、命がけで当時の信者、教師の方達がその事に一生懸命になられたことがございます。そういうふうに一つの大きな金光教の動きというものがですね、そして先年亡くなられました三代金光様、いわゆるこのお広前金光様の、当時のですね。
 御結界が中心ということに、いわゆる本当の金光教的になって来たわけなんですね。それから大東和戦争に入り、そして終戦になり、また大きな一つの動きが、やはりだしました、それを御取次ぎ成就信心生活運動と、言った様な運動が展開されて来た訳なん、それをこう具体的に申しますと、それから三代金光様がお亡くなりになり、現お広前金光様にならせて頂いて、その運動が具体的にです。全ての事を実意をもってと言う様なお言葉で、その全教の者に、まぁ呼びかけて下さる運動が始まる。
 それをもっとまた具体的に言うと、いよいよ問題を本気で取り組むと、この三つの要綱によって現在教団の動き、そこに焦点をおいてそのそう言う運動が展開されておるというようなお話でした。その三つというのは、問題を問題に本気で取り組むと言う事が一つ、次には手元の所に御取次ぎを頂いてということである、三つ目は肯定もなく否定もなくと言う事であった、肯定もしない否定もしない、ね。そういう動きの中にあるのだから、そういう所に焦点をおいて信心を進めなければならないと言う事なんです。
 それをいろいろ頂かせてもらいよりましてから、椛目ぐらい御結界を中心に、同時にそれが金光教の動きに、私共がそう言う事にならせて頂いておる、ならねばならんというので、もうそうなっておるということ、椛目ぐらいその問題に本気で取り組むことを申しておる事はないと思うですね。その問題に対して、例えば困った問題が起こりましてもです、その問題をいいかげんにしない。
 それを本気で取り組む、しかも次には御取次ぎを頂いて、手元の所を大事にしていく、ならその問題が起きたのは、あの人があぁいうたから起こったんじゃないと、それは手元の所にあるのだということなん、ね。この否定もしなければ肯定もしないという、これは大変まあ難しいことだと思うんですけれども、まぁ、事のついでですから申しますならですね、大変表現は違いますけれども、私はいつもこう言うとるですね、私がこれだけ一生懸命お願いしとるとに、あんただんがおかげが受けきらんならね。
 あんただんが悪かつよと私が、なぜって私がこれだけ間違いのない、おかげを受けておるじゃないか私自身が、これは実際の上にも心の上にも、形の上にも私がこれほど私がおかげを受けておかげを受けておるように、手本を見せておるじゃないかと、ですから私が言う通りにすりゃおかげになると私は断言しておるんだけれども、あなたがたがおかげを受けきらんなら、あんた方の信心不足だというふうに、こう申します。ね。これは皆さんがいつもまあ、耳にされることだと思うのです。
 かというとまたその反対にどう言う事を、私が言うておるかと言うとですね、私のような何にも出来ない者はないとこういうておるでしょう、いわゆる障子一重がままならぬ人の身であるということを私自身、実際に感じておる、もう大坪総一郎そのものでは何にも出来んのだと、ね、もう本当に無力のある吾ということのを、これは私が本当に無力を私自身が感じて、その無力の中からこうした、また別の力ですね、によっておかげを受けておるということを皆さんに聞いてもらっておる、
 それをよく私があの、まぁ宗教一般の例をとるとです、親鸞聖人とそれから法華経の日蓮聖人の例をとります、私は確か日蓮的なものがある、また親鸞的なものがある、日蓮と言う人はもう非常に強引な人であったらしいですね、例えば天地のことでも、例えば佐渡に流されなさる時でも、海が荒れてきた、日蓮が佐渡に今から渡ろうというのにです、海が荒れるということがあってはじゃないかと、とその大海に向かってから、南妙法蓮樺教を書いたと、ね。
 と言うぐらいに自分という者を、その高く評価しておった訳です、ね、その点私によく似ておる所がある、日頃のお話を聞いておられるとそれを感じられるでしょう、私の行く所には敵がないのだと、ね、私の行く所には天地が私の言うとおりになってくれるんだと言う様なものをもって、私はおるんですね。かというてなら私がいつも、その申しますようにいわゆる、親鸞的なものですね、自分という者を親鸞、ギリギリ見極められた方だとこう思うのですね。
 ギリギリの自分という者を見極めた時にです、もう自分のようにつまらない、自分のように浅ましい、もう自分のような大悪人はまたと他にあるまいというておられます、親鸞聖人は。ね。私もそう思います、もう本当に日本一のふうたらぬくい男だと自分でも思うております。もう本当に自分の事の中を中見て見れば見るほどにです、もう私のごたる、汚い、浅ましい者はもうまたとあるまいと、本当に思うております。
 ちょっと極端から極端でしょう、私の思いの中にそういう事を肯定もせず、否定もせずと言う事なんです、大変いわば難しいこと、これをもう少し具体的に言うたら、まぁ面白いち言うたらおかしいですけれども、信仰とはなるほど、その自由無碍と言った様なもの、自由自在なおかげを頂いて行く為に。自分の心というものを天にも昇るようにかと思え、地にも潜るかと言った様な、内容がなかなければならないと言う事ですね。そしてそれが嘘ではなくてからですね。
 本当にどちらも本当なのですから、其の点教祖の神様なんかの場合でも、それがございますですね、取次者金光大神とした時にはもう絶対の権威をもってお話を、お取次ぎをなさっておられます。生神金光大神としてのの権威をもって、その皆に教えを下さっております。かというと自分のような無学の百姓、なんにも分からん無学の百姓と、自分のことをいうておられます。ね、皆が私のことを生神、生神というけれども、いかに私とてもいつ神様からおひまが出るやら分からんと言った様なです。
 いうならもう戦々恐々としたある意味合いにおいては、そういう気持ちでいつもおられると言う事です。ね。生神金光大神の言うことをと、ここではもうそれを申しますと、大坪総一郎にかえったときにはです、もう確かにもう下の下である、ね、皆さんが私のことを、私は親先生といわねばならんというて親先生という言葉が生まれたのじゃない、あれは、いうならば一つの神格だと私は思うておる、もう大坪総一郎じゃないのうだと、だから、私の御理解の至るところに親先生という言葉が出てくるでしょう。
 私自身のこと、それは教祖が自分のことを、生神金光大神と表現しておられるようなものだと思うです。ね。親先生がいうた事に間違いがあるかと、と言う時には、最高にそれを評価し又は、大坪総一郎と言う時には、もうとにかく、私ぐらいなんにも出来ん者なかとこう言うておる、それは勿論実は本当なのです、だからその肯定否定という事については、まぁもっと説明が必要でしょうけれども、そういう意味のことです。
 そういう三つな事に現在ではて、段々のその金光教の動きと言う物がです、ね、大正(正しくは昭和)8年のいわゆる、自覚御取次ぎを中心にする所の自覚運動から、信心生活、御取次ぎ成就信心生活運動と言った様な運動が展開し、ね、戦時中になり終戦になり、ね、そして全教一新して全教一家と言った様なスローガンの元にお道の信心が段々進められてきてる、ね、この全教一家全教一新と言った様な事でも非常にこれは、大変な深い意味合いのあることだとこう思うのです。
 ついでですから申します、試験の問題にそれも出ましたから、私書きましたそれには、全教一新と言う事は、ね、教祖の御信心に返ることだと私は書きました、全、そういうふうには大体説明しないですね今の教団では、教祖の時代に信心に返ることだと、それこそ、触れば温かみを感じるようなものが、なからなければならん、つつけば血が飛び出るような生き生きしたものがなかなければならない、全教が一新していくということはそう言う様なことだと。
と同時にです、例えば、なら現在のお祭の様式とか、祭服とか言った様な問題が起こっております。お装束もやっぱり日本神道からきとるもの、例えばこのお祭の様式もやはり神道からきておるもの、だから、ここには教祖の御教えを元にした新しい様式と言う物が生まれなければならない、それは、もう同じく、全教が一新してくいくことだと言う風に私は書いた、もう古いとと新しいことも書いたんですね。
 いわば全教一家と言う事についてはですね、もう、その問題を少しそらしたような書き方をしてるんです、全教一家の事にですね、お道の信奉者がです、どこいっても自由に信心の稽古が出来る場をつくる事だと私は書きました、あんたどこの手続きですか、あんたどこどこの教会の御信者さんですか、手続きを間違えたらいけませんよ、さぁ内の信者がどこへ行ったと言う様に、もうとにかくそのいわば、形の上ではそうではないけれども、心の中では、もう俺んところの信者をとったの取らないの。
 言った様な事で全教一家が生まれる筈がないと、私は確信しておるから、そう私はそう書いた、いやしくも信心の稽古をさせて頂くのだと、自分に合点が行かないならばです、となりの教会にそれを教えて下さる先生があるなら、そこんところに行って信心の稽古を本当に出来れる場というものを作る事が全教一家だと思う。私がまだ本当に思っておることはまだもっと難しい事です、全教一家と言う事は、ね、これは私はもうほんとそれは書きませんでしたけれども、本当の事は私はですねもっとあるんです。
 教団だんだけでのこじゃない、全教と言うのはあらゆる宗教、あらゆる宗教人がです、今の世界の難儀にです、本気で取り組む事だと、仏教だってキリスト教だって、神道だっていいんだと、ね、人間のよしきも幸せを願う宗教である、その幸せになるための教えをもち、其の教えをもって人間が幸せになって、いかなければならないというておる宗教ならば、どう言う宗教だっていいんだと、そして全教の者がです、いわゆる全教のあらゆる宗教、宗派の者がです。
 手を取り合ってその世界の難儀に取り組んでいき、総ご祈念をさせてもらうと言った様な運動がね、展開していくことを、いわゆる三代金光様は仰せ出されておったんだと言う風に私はだいたい思うております。けれどももうそれをすこし、ややこまめくすとでも申しましたようなことになる、教団ではもっとそれを違った意味で、説明しておられるようでございますけれども、私はそういうふうに足りないと、ね。
 ですからここに御信心を頂かれる方は、やはり全教一新ということはそう言う様な事だという思いで、その信心そのスローガンの元に、私共の信心を進めて行かなければならない、全教一家と言う事もです、必ず椛目じゃなくてもいい、椛目の先生じゃ物足りない、椛目の仰る事は分からん、ならばどこどこにお徳を受けておられる先生があるげな、おかげを受けておる先生があるげなというなら、そこに行っても自分のいわば生き方とか、行き道と言うものを教えをこわなければならん、ね。
 もうあんた椛目ご縁を頂いた最後、もう椛目から動いちゃならんよなんて、そこには全教一家と言った様なものはない、と言う風に私は確信しております。皆さん自由ですですから信心はこれを全教一新、全教一家いわゆるその教団の動向だ、ね、問題を問題に本気で取り組むと言う事、手元の所にお取次ぎを頂いて、手元の所を見極め大事にするという事。私はこれはいつもそうですけれども、今日はそれをいよいよまぁ芯から実感させて頂くんですけれどね、例えば現在椛目であぁした御造営があっております。
 昨日は秋永先生がちょうど、先生方が結婚されてから、丸5周年になるんだそうです。で、昨日夫婦で遅くからお礼にでて参りました、それで一時過ぎまでここで色々お話をしておったんですけれども、昨日春吉の教会に(  ?  )まで行った、あちらへやらせて頂いたもうとにかく、椛目のことをみんなが聞きたがってるのに驚きますち、どういうことを聞きたいか、御造営があっておるということで、あのどのぐらいけいかくが、大体6千万円ですったらもう。
 たまがってしもうて、大体委員の方達がどの位あるんですか、先生が大体300人ぐらいでしょうち、少しオーバーに言うてるんですよね、200人から、いやちょっと位でしょう、はぁそのぐらいはおらにゃんできませんもんねと、聞き違えちゃごたる、30人に聞き違いちゃったごたる、もうやっぱ30人などうしても教会にほんなよか信者がおらんなら、なにもものは出来ませんもんねち、いいなさったげなけん、その言い合わせはしませんでしたけれどもっち自分で言ってましたけれどですね。
 大体6千万円の金はどげんして出来んのうちいうてから、大体していくら位でけとるの、その聞かれたこれはどこへ言ってもそうなんです、いえんもう金はいっちょんありませんとですけれども、必要なだけやっぱかつがつおかげを頂きよりますと、いよいよたまがってしまうと、いろいろな面白い話があったんですけれどもね、こんな風です、その例えば御造営なら、御造営のことでも本当に、やはりかつがつおかげを受けておるという事がです、また受けなければならんからです。
 やはり御造営のことがいつも頭の中にあって、願いと言えばそれこそ、そのことを願うんです、いわばその事をしっかり、その御造営なら御造営の事を願わせて頂きよるとですね、これはいくら私が願うたっちゃ同じ事と言う気がしてくるんです、これは先ずここの信者、ここに縁を頂いておる者がおかげを受けるより他にないとこう思うんです。医者に見放したような病人が助けてくださいというておるならば、それは助かっていく以外にはなかって現在のように、試験のシーズンになりましてから。
 その椛目にご縁を頂いて、試験のことを願(ねご)うたものがです、もう成程おかげといわなければおられないおかげを銘々が頂く以外にないって、色々な難儀な問題にです、お取次ぎをねごうておるその人達がです、もうそのその人達がおかげを頂く以外にない、そすと御造営ちいうことがなくなってくる、私の願いからそうでしょうが。皆さんがおかげを頂く以外にないですもん、それでそのおかげを頂いたというその喜びがです、ね、喜びの御造営費ということにでも。
 持って来なければならんのですから、もう御造営の事は願わなければおられんけれども、願いよるとその問題はなくなってくるです、そして銘々がおかげを受ける外にないということになって、一人一人の事をもう本当にもう、克明にその事は神様にずうっと繰り返し繰り返し願うのです。そしてですね、今度はいよいよそれを願っていきよるとですね、どう言う事になってまいります。
 どうぞおかげを頂くような、どう言う様な問題、おかげで頂かせて下さいというて、もう本当に繰り返し願いよりますとですたいね、結局は私自身がおかげを頂く以外にはない所になるんですよ、信心とは、ね、そして誰でもなかなければ、かれでもない、私自身さえ神様のご信用をいよいよ頂き、私自身が本気で修行させてもらい、私自身が改まらせてもらい、いよいよ磨かせて頂くことに、焦点さえおけばです。
 もう誰やらかれやら事願わんで済んでくるんですよ、不思議です。私はそう言う様な事になってこなければです。お道の信心の本当な信心とは言えない、これは現在の私のギリギリの信心なのです、ね。なら私の過去の信心はです、やはり、何か一つの願いごとと言うなら、それを繰り返し繰り返し、それこそ神様に強引に願って願って願いぬいたと言う時代もありますけども、願い抜きよるとです、御造営のごたる、いうならごひれい頂く事になるのであり、(?)おかげを受けなければならんということになったら、問題は私自信がおかげを受けなければならないと言う事になるのですよ。ですから、もうそれ、その事は願わんでもです、(?)こげな難儀なことをといい、言わんでもです、ここに御縁を頂いたが最後、私がおかげさえ頂いていけば、みんなおかげを頂くと言う事になってくるです。ですから、皆さんの願いの内容というものをです、つまびらかにしてみなければいけません。
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